8月31日(日)北海道マラソン2014、無事に完走しました。その報告です。
大会1週間前より、左お尻の上部、すなわち腰が痛くなり、数日整骨院に通うも完治せず。ホテルにある温めの温泉に長く浸かってストレッチの繰り返し。不安のまま当日を迎えました。
昨年までのスタートのブロック分けは陸連登録者がA、Bブロック。Bブロックの中には、大変失礼な言い方になりますが、かなりスローな方がたくさん。さらには友達と並んで走る方が行く手をさえぎり、非常にストレスのかかるスタートでした。
それが今年は陸連登録関係なしの持ちタイム順にブロック分けをしてくれました。私はBブロック。これは本当にありがたかったです。ロスタイムが少ないのはもちろん、最初の数キロでも回りの流れが非常に良かったです。
涼しくなるだろうという予報は見事に崩れ、快晴。日差しが強くスタート21度、ゴール時では28度にもなっていたようです。今年、私は帽子をかぶらないで走りました。日差しを遮ることよりも、放熱を優先しました。給水所はたくさんある大会なので、水を頭にかけることで対応したのですが、これは当たりました。あまり暑いということは感じませんでした。ただ、あくまでも私にとってですので、安易に真似しないでください。
北海道マラソンが素晴らしいのは、沿道の応援、そしてボランティアの素晴らしさを皆口をそろえて言います。沿道の応援があったからこそ走り切れた、とたくさんの人が言うように、特に今回は実感しました。
中島公園付近で、「岩内・一八・紀・GOGO!」と書かれたボードを頭に掲げて応援してくれた、高校同級生。大混雑の中なので、私の方から、「ありがとう!」と叫んで見つけてもらいました。回りの人たちは、ちょっとうらやましそうに見ていたように感じました。
長い直線の新川通りでは、毎年応援してくれるSさん。高台小学校の先生だった方。私は知らない方だったのに、岩内の高台小学校出身ということだけで応援してくれます。なんと、「紀 哲郎さん」と書かれた大きなのぼりを作ってきてくれているではないですか。50m前からそれが見え、近づくにつれて感激して涙が出てしまいました。ありがとうも言えず、まるでちっちゃな子が泣きながら親の胸に飛び込んでいくような状態でした。折り返してまたそれを見て、また涙。
ここまでしてもらって、結果を残さなければダメだと自身を奮い立たせます。ペースはキロ4分37秒前後で終始推移。5キロ単位では誤差30秒以内のイーブンペース。35キロからギアチェンジしたと思っていたのですが、それほどスピードが上がらず。でも追い越すことだけは一人、二人と数えながら。
北大構内に入る前にY君の声援。構内に入るとN先輩、Tさんの笑顔。赤レンガ通過時には、我慢比べならだれにも負けないぞ、と自己暗示。たぶんその時の私の顔は人間の顔ではなくなっていたと思います。最後の直線で中島公園で応援してくれた同級生の声。ほんとにみなさん、ありがとう!
大会ベストは5年前に出した3時間14分00秒。ゴールの電光掲示板がすでに13分台に。呼吸をしているかどうかもわからないけど、14分は切りたい!とただそれだけ。58秒でゴール。すぐ前の人は倒れ込んで担架で運ばれていました。
ゴール後にハイタッチ応援隊が笑顔で。その中にお仕事でお世話になったS女史。学生さんかと思うほど若く見えました。ゴール後の幻覚でしょうか?いい幻覚だからお許しを。ここでも大会を盛り上げるボランティアの人たちがいることに感謝です。
水をかけてくれるところでは、私たち中年オジサンたちが「ああっ!きもちいいー!」「毎年この瞬間が楽しみなんだ!」と叫ぶと、かけているボランティアの方も「水をかけるだけでこんなに喜んでもらえるなんて、こっちもうれしいよ」と。
総合で657位。翌日の新聞には5歳単位での50位までが掲載されます。残念ながら掲載されるには30秒速くゴールしなければダメでした。多くの方に「新聞の名前捜したけど出ていなかったね」と言われました。私自身、もしかしたら?と思っていたのですが、同世代はやはり強いですね。
腰痛の心配も本番では問題なし。大会ベスト更新という結果も出せて、素直にうれしいです。でも新聞に名前を載せるという宿題は、来年以降への持ち越しですね。また強くなってチャレンジします。
大会を支えてくれたたくさんの人、強い日差しの下で応援してくださったみなさん、本当にありがとうございました。