カテゴリー別アーカイブ: 会社のこと

先代の変体仮名の文章

 今日は、昔懐かしシリーズの話題です。先代紀伊右エ門の書いたものがたくさん残っているのですが、私にとってはこの変体仮名を解読するのが不可能に近いです。

 写真は、弊社従業員の婚礼で、媒酌人をした時の挨拶文です。皆さま、読めますか?紀伊右エ門時代から働いている弊社番頭さんは90%以上の解読率。私の母は、当時紀伊右エ門の運転手兼秘書のような存在だったので、解読100%。私?せいぜい5%かな?

 紀伊右エ門は、このような文章、漢字などの書き方を学校でほとんど習わず、独学で身に付けたとのこと。従業員に指図するのも、夜中に書き、この変体仮名のメモを従業員の机の上に置いておく、といったことをしていました。

 ある時は、「子供たちの靴の脱ぎ方が悪い」とメモが置いてあったことも。子供心に、なんで直接言わないのか?と思っていましたが、まぁ、普通の人の感覚でないことは確かでした。あまり書くと、あの世から先代がメモでお叱り文を書くかもしれないので、このへんで・・・。

岩内町水産研修センター

 岩内町が漁業と水産加工を支援する意味で建設した、「水産研修センター」。現在この施設はすでに使われておらず、日本海岩内海洋深層水の取水施設である、地場産業サポートセンターにその機能と設備が移りました。

 初代の所長は岡崎さんと言う方で、北海道大学出身、それも岩内出身でない面々がその職員として働いていました。加工に用いる薬剤の残存検査をしてもらったり、商品トラブルの原因解明を手伝ってくれたり。

 道立でのこのような研究機関は存在しますが、町立での施設というのは、珍しいケースだったと思います。その後、海洋深層水事業が始まり、施設は閉鎖。地場産業サポートセンターへ引っ越しとなったわけです。

 時代とともに漁獲が減り、水産加工業の数も減ってしまったのは、なんとも皮肉なものです。ちょっとブルーな内容?建物の老朽化を見ると、どうしてもね~。そのかわり、地場産業サポートセンターを見てください。立派だわ~。

第58回北海道大都会

 先日、東京で市場の会合があり、参加してきました。北海道大都会。北海道が大都会だって?いえいえ、大都魚類という会社名ですが、そこに荷物を積んでいる北海道の荷主たちの会です。

 弊社現社長が出席していた時代は、熱海の温泉で行われていました。20年前から私が出るようになったのですが、定山渓の温泉で行ったり、都内ホテル、近年は札幌市内でと変遷しています。30歳代で出席していたころは、周りに若い人が少なく、緊張して参加していたものです。

 今回は新聞に書かれているように、7年ぶりに東京で行われました。このような会合は形骸化していることは確かです。しかし歴史あるものをどのように残すかは、参加者次第というもの。

 連休だというのに、ちょっとお堅い話でしたね。会場は半蔵門のホテル。となれば、皇居まで200m。ならば、翌朝食前にドキドキの皇居デビューで2周ほどランニング。変な奴ですね、自覚しております。

52年前の男子職員

 古い写真が出てきました。昭和36年の弊社男子従業員が映っている写真です。今から52年前。私の生まれる半年前のものです。

 撮影の場所と何で集まったのかはわかりません。現社長に聞いてもわからず。今、この中で生きている方は、現社長(前列右から2人目)ともう一人(上段右)の方だけです。

 浮き沈みの激しい時代の中で、一八を支えてくれた人達です。私の幼い記憶にもこの人たちのことは残っています。いずれも個性的な面々でした。

 もちろん、一八の創業者、紀伊右エ門は前列左から2番目です。昔の一八をご存知の方、この面々を覚えていらっしゃいますか?

 

佐渡おけさのお土産

 弊社の創業者、紀伊右エ門は新潟県佐渡出身です。幼い時に両親をなくし、祖父母に育てられました。一人で北海道に渡ったのが、15歳のときと言われています。修行を積んで独立をしたのが19歳の時。当時はそれが当たり前だったかどうかわかりませんが、すごいですよね。

 その紀伊右エ門は出生地である佐渡に郷土愛を常に持ち続けていました。その理由の一つに、佐渡の有名な「おけさ人形」が弊社2階にあります。それも1個2個ではありません。数十個です。

 知り合いに配るために取ってあったのかわかりません。私が子供のころは、お金もないのに何で佐渡の意味のないものをたくさん買うのか?と疑問に思ったことがありました。今はちょっと理解できる気持ちもあります。

 壁掛け用になっていているものです。興味のある方はぜひ来社してご覧ください。

崋山先生の八訓

 弊社事務所2階から、またまた面白いものが出てきました。渡辺崋山が商人のあり方について書いた「商人八訓」です。

 写真を見てください。雨漏りのシミなどが、なんとも歴史を感じさせて、いい雰囲気ですよね。これは、先代紀伊右エ門が、愛知県に出張した際に、取引先にあったものを見つけて、いただいたものらしいです。

一、 先ず朝は、召使より早く起きよ
ニ、 十両の客より百文の客を大切にせよ
三、 買い手が気に入らず、返しに来たならば、売る時より丁寧にせよ
四、 繁盛するに従って、益々倹約せよ
五、 小遣いは一文より記せ
六 、開店のときを忘れるな
七 、同商売が近所にできたら懇意を厚くして互いに勤めよ
八 、出店を開いたら、三ヵ年は食料を送れ

 その意味は、率先垂範。購入金額の多寡でお客様を区別するな。返品のときこそ大切に扱い次の来店を期せ。繁盛し始めたからといって謙虚さを忘れるな。小遣いの始末をしっかりやれ。初心忘れるべからず。同業者とはよきライバル関係に。従業員が独立したら3年は面倒を見よ。

 なるほど、なるほど。今でも充分通じる訓示ですね。八の意味がわかりませんでした。昔は独立した弟子には協力的な対応をするのは当たり前のようでした。今はどうでしょう?

 ご覧頂いている皆様、たとえあなたが商人でなくとも、ためになる言葉だと思いませんか?読むだけでなく、そのように努力しないとね。

村本テントさんの山菜用リュック

 先日の北海道新聞社会面に、岩内町の村本テントさんの作る、山菜用リュックサックの記事が出ていました。社会面だと、反響が大きいのではと想像します。

 山で採った山菜を入れるためのもので、作りはかなり丈夫で、色は山でもしっかり認識ができる山吹色。ユーザーの意見を聞くと、「山菜採りにはなくなはならないもの」だそうです。

 このお店は弊社よりも歴史がある1911年創業。102年ですね。弊社は今年99年です。本州企業ではこれくらいの歴史は珍しくないのかもしれませんが、北海道の中で100年を越える歴史を持った会社となるとそうあるものではありません。

 現在は34歳になる息子さんが数年前に帰ってきて頑張っています。完全な3ちゃん経営(父ちゃん、母ちゃん、兄ちゃん)ですが、女性陣の製品チェックは厳しく、品質管理はかなりのレベルだと思います。岩内に来たら、ぜひお立ち寄りを。かわいいお孫さんと、ねこちゃんがお出迎えしてくれます。

昔の封筒

 しばらく書いていなかった、弊社の「昔懐かしもの」。今日は古い封筒が出てきましたので、それについて。

 茶封筒の裏には、面白い書き方が並んでいます。朱色で書かれたのは、元祖一八印 味の肴 雷電義経焼 製造元 と書かれてあります。残念ながら、二つとも今は製造をしておりません。

 私書凾一八号と書かれてありますが、郵便局の私書箱ですね。電話が一八番 六番甲(昼間) 六番乙(夜間)とあります。市外局番などは書かれていないので、交換手による呼び出しで使われていた時代だったのでしょう。

 発信略号、受信略号と書かれてあるのは、電報に使われていたものです。銀行名で今も同じ名前で書かれてあるのは、北海道銀行のみ。

 たぶん、昭和30年後半に使われていたものではないかと思います。50年ほど前の封筒ということになりますね。しかしまぁ、いろんなものが出てくる会社ですね。出てこないのは、昔のお金くらいなものでしょうか・・・

Stasion Drive Saturdayに出演しました その2

 昨日に続き、FMノースウエーブに出演したお話です。

 司会のヒロ福地さんは、気さくに話しかけてくれました。ところが、私は「にしんのおかげ」の開発のいきさつなどを説明するとばかり思っていたのに、質問されることは、一八興業水産という名前はなぜなのか?とか、紀という名前は?などなど。

 担当のディレクターの方も言われてましたが、この番組は結構ラフでヒロ福地さんの考えで予定と変わってしまうんですよと言われたことに納得。

 時間だけがどんどん過ぎていき、これじゃにしんのおかげのPRにならないじゃん。結果、にしんのおかげの話は飛んでしまって、省エネ大賞受賞の話になりました。その話に振られた時は、「省エネなんとかこんとか?」と言うと、大うけ。スタジオの外のスタッフも笑っているのがわかりました。シメシメ。

 デマンドコントロールとか、ピークカットなどという専門用語を出したって、リスナーは面白くないですもんね。時間は16時から10分のはずが、18分まで話をしました。いいの?って感じでした。

 生放送なので、記念撮影をお願いしていいのやら、小心者の私は、言えずにすごすごと帰ってまいりました。

 番組内容は、北海道経済産業省のこのホームページで聞くことができます。聞いた方は笑ってください。長いですよ。

Stasion Drive Saturdayに出演しました その1

 北海道のFM局、FM North Waveの土曜日、Stasion Drive Saturdayという番組に出演しました。北海道経済産業局がスポンサーになっている16時からのMusic on the Earth Radio というコーナーです。

 このお話は経済産業局から来たもので、「にしんのおかげ」の商品開発で認定企業になったこと。北国の省エネ大賞を受賞したことから、ぜひ出演して、日ごろの活動をお話してくださいと言われました。

 メールで質問形式になっていることに記入をすると、返信でシナリオのようなものが届きました。あくまでも概略で、箇条書きで話の進め方が書いてありました。

 当日、4時からですが、3時には到着してしまい、外が見える待合室で待機。大きなラジカセがあって、そこからは、現在放送中のヒロ福地さんの声が流れていました。

 担当のディレクターの方と、話の内容を打ち合わせをしました。その方が言うには、あまり書いてあるものを読むと、リスナーには棒読みしていることが分かってしまうので、質問されたことにそのまま答えてくださいと。ですから、何も持たずにスタジオ入り。

 2年前にも入ったスタジオなので、雰囲気にのまれることなく、でもちょっと緊張。司会のヒロ福地さんと、高橋弥子さん。ヒロさんは、まるで普段着。

 ということで、この続きは明日の「その2」に続きます。