月別アーカイブ: 2010年12月

グルメシティーが閉店

 岩内町の中心街にある、「グルメシティー」というスーパーが、今月末で閉店となります。閉店セールのチラシが数日単位で入っています。

 ここができたのは、35年前。そのときのお店の名前は、「ニセコストアー」です。ご存知の方いらっしゃいますか?当時子供だった私は、おばさんたちの会話で「ニセコに行こう」というのを聞いて、このおばちゃんたちが、何でニセコの山に行くのか?と不思議に思ったことがありました。当時としては、スーパーに買い物に行こうという代名詞だったのです。

 岩内では、スーパーの先駆けとなったお店で、街の中にあるので歩いて買物される方にとっては、残念と思う人もいらっしゃるでしょう。でも、郊外店の進出や、コンビニ、車社会へと生活様式の変化で、閉店になるのだと思います。

 閉店後はどうなるのでしょう?建物も老朽化が進んでいるので、取り壊しでしょうかね?

すり減った長靴

 みなさんの靴はどこから減っていきますか?

 写真は、私が工場内で使用していた長靴です。左のかかとがすり減って、オレンジ色の部分が右足に比べるとたくさん出ていますね。ランニング用のシューズの減り方とはまったく違います。なぜでしょう? たぶん、仕事中、左足を軸にして右足を回すような動きが多いからだと思います。重いものを持って移動するときなどの癖なのでしょう。

 以前ひざを痛め、お医者さんに行って、コンクリートの上で長靴の作業のことをお話すると、「ひざにとってはよくない労働環境だね」と言われました。以後、中敷きを使ったり、関節に負担をかけない動きをするなど、年齢とともに少し賢くなっています。

 工場で同じように働いているみなさん、たかが長靴と思うなかれ。すり減った長靴はダメよ。一八では年二度長靴を支給していますが、私はケチって、写真の長靴を新しくしないでそのまま使用していました。加齢とともに、体を守ることも考えないとね。

夏目漱石の石碑

 岩内町のことを詳しく知っている方なら、夏目漱石の石碑が岩内町にあることをご存知ですよね。

 明治25年から大正3年までの間、岩内町に籍があったそうです。でも、漱石は一度もこの岩内の土地を訪れていないと。なんで?と思いますよね。

 いろんな噂がありますが、一番の有力な説は、徴兵を免れるため。詳しいことは、ごめんなさい、私は歴史に疎いもので、どなたかのホームページを探していただけると、記載されていると思います。

 さて、写真は普通の家の角にあります。どこかお分かりになりますか?知らない方は、岩内でこの石碑を探す散策をお勧めいたします。

 まぁ、私としては、銅像や石碑などには抵抗がある人間でして、この石碑にしてもお墓のようで、センスがないなぁ~と思ってしまいます。だったらどんなのがいいのか?・・・・・答えられない私でございます。

倒れた街灯

 会社と自宅の通り道は、暗くて夜はとても見えにくいのです。そんなところに街灯がついていたのですが、先週の強風でいつの間にか根元が折れてしまっています。

 いまどき電柱はすべてコンクリートでできていますが、昔の電柱は木でできていましたよね。その表面には、何かべとべとするものが塗ってあったような記憶があります。

 この街灯は電柱ではなく、街灯のみをつけるために建てられてあったものです。風の勢いがあまりにすごかったことと、根元の腐食が進んでいたせいでしょう。

 電線がつながったまま倒れていますので、ちょっと危ないですね。明日もこの状態なら、連絡を入れることにしましょう。もしこの状態に気が付かず、例年通りの12月の雪が降っていたら、この街灯は来年春まで雪の中。都会でこんなことがあったら一大事でしょうが、倒れた場所は旧国鉄の線路跡地なので、みなさん知ってか知らずか。

日めくりの厚み

 みなさんは日めくりカレンダーをお使いでしょうか? この時期になると、会社に出入りしている業者さんが挨拶がてらに、カレンダーや日めくりを持ってきてくれます。

 あまりに私たちが忙しそうにしているので、名刺を添えてあっただけ。今週は地方発送をしている会社にとっては、ピークとなる一週間です。長年出入りしているから、それを察してくれています。

 12月に入ると、朝一枚めくるときに、残りの枚数の薄さに師走を感じます。今日、業者さんが置いて行った来年の日めくりは、厚みがあって、来年の期待をたっぷり含ませてあるといった感じ。今年の日めくりも昨年はこんなに厚かったのになぁとつくづく感じます。

 日めくりには、いろいろな情報が入っていますよね。大安や友引などの他、格言も。12月12日にとてもいい格言を発見。「容易な道を選んではならぬ 近道を抜けてはならぬ」生まれいずる悩みの作者、有島武郎の言葉とのことです。日めくりをお持ちの方、格言をしっかり読んでから仕事を始めましょ。 

 

バロメーター

 風雨が強い日が続いていました。街は雪はまったくなくなり、これが本当に12月かと思わせるような天気です。

 スケトウダラ釣漁が始まると、毎日天気を確認し、スケソの船が出たかどうかを調べます。仕事の段取りも大きく変わるので、この天気を読むことはとても重要です。最近はインターネットで、天気だけでなく波の高さも図解で予報を見ることができるので便利です。

 私は山を登るので、観天望気というものをします。雲の形や流れによって天気を予想することです。同じように、漁師さんたちにとっても、山の見え方によってシケになるなどの天気を読む何かはいろいろあるようです。

 科学的に天気を読む代表として、バロメーターがあります。気圧計です。海を相手に商売する会社や漁師さんたちは、必ず持っていると思います。そんなものは必要ないとおっしゃる方もいると思います。「古傷が痛む、虫歯が痛むと低気圧だ」などおっしゃる方は、しっかりと体の中にバロメーターが埋め込まれているようですね。

岩内のお葬式

 先日、仕事でお世話になった方が亡くなられたので、お通夜に行ってきました。市場に行くと、若造の私にも気さくに声をかけてくださった方なので、残念に思います。

 さて、お葬式のやり方は地方によっていろいろとしきたりがあるようですが、岩内の場合、特徴として上げられるのは、告別式は出棺の後、すなわち火葬場から戻ってきて遺骨になって、告別式を行います。岩内のお隣の共和町では、告別式の後に出棺をしますので、北海道ではなく、岩内だからということでしょう。

 もうひとつは、お焼香。まわし焼香で、小銭を入れます。お焼香の器そのものに、お金が入る穴があり、そこに小銭を入れます。ですから、入れたときにチャリンと音がします。

 いずれも、なぜそうなのか、私は説明ができません。しかし、岩内以外から来た方は、まずこの二つに戸惑いますね。きっと岩内なりの歴史的な理由があったと思います。どなたか、知っているなら教えてください。

暮れのアンケートはご勘弁

 現在事務所は年末の地方発送の仕事に追われています。電話や店舗への来客で忙しさのピークになっています。工場もまだかまだかとせかされ、肉体的だけでなく、精神的に厳しい日々が続いています。

 そんなあわただしい日々、なんとか調査とか、アンケートが次々と送られてきます。数行で終わるものではなく、何ページにも及ぶものです。この場ではあまり悪口などは書きたくないのですが、たった1分でも時間が惜しいときに、なぜアンケート? 経済産業省さん。
 
 調査するのは、経済産業省から委託を受けてた会社です。私自身、「さかな味噌」の開発製造に関して、経済産業省の認定企業となり、協力いただいている部分もありますのでできるだけ協力しますが、今時期は勘弁してください。

 そのアンケートは、おめでたいことに、12月10日までと22日までに返信してくださいと書いてあります。こんなブログを書いている暇があったら、アンケートを書けよと言われれば、それまでですが・・・・。お察しください。

ニセコいわない国際スキー場について

 名前がすごいですよね。岩内にあるスキー場。ニセコという名前は、確かにニセコ連峰の一部なのでよしとしますが、なんで国際なの?って感じです。国際と名前を付けると大きなイメージがあるからでしょうか。さて、この岩内のスキー場は、民間企業が出たり入ったりして、今は地元の有志の方たちと、ボランティアで組織運営されています。

 リフトは今はペアリフト1基のみ。昔は4人乗り高速リフトもあったのですが、数年に一度行う800万もかかる保守点検費用をスキー場運営企業に補助金を岩内町は出すことができず、企業は撤退。以後、4人乗りリフトを動かすことができなくなってしまったという経緯があります。

 ペアリフト1本なので、上級者にとっては、確かに飽きてしまうコースですが、数年前から「キャットツアー」というものがあります。雪上車で一日6本を上部まで登り、新雪を堪能できるというもの。詳しくはホームページで。

 ロッジの食堂では、地元の有志が皿洗いなどのボランティアをしています。スキー離れが進んでいますが、雪国に生まれたのなら、子供のうちにスキーはぜひ経験させてあげたいもの。12月23日はオープン記念でリフトが無料だったと思います。ぜひ、いらしてください。お帰りの際は一八にお立ち寄りいただいて、釣たらこをお土産にお買い求め、お待ちしております。祝日特別営業しています。

写真は岩宇の広報紙「波稲」12月号

送迎用のバス

 女工さんの出勤は、ご近所で歩いてくる人、自転車、スクーター、自家用車、そして、会社の送迎用のバス(ワゴン車)に乗る人に分かれます。

 岩内町の朝は、写真のようなワゴン車で人を集めている車が何台もあります。この送迎は当たり前で、会社はこのようなサービスをしなければ人が集まらないというのが普通でした。

 弊社も30年ほど前は、21人乗りの中型のバスを使って女工さんを乗せていました。それから、10人乗りのワゴン車2台を使って方角の違う方にそれぞれ走っていましたが、今は1台で足りています。自家用車を使う人が増えたからです。

 以前は、人集めに大きなバスが必要だと言われていましたが、今は駐車場の土地が必要だと言われています。こんな小さな町でも、それだけ車社会になったということでしょう。

 ところで、ワゴン車横に張った一八のURL。これを見てPCで見に来た人はいるのかなぁ~?こんなことをしているのは、岩内では弊社だけです。