月別アーカイブ: 2011年6月

初夏の気配

 岩内は6月に入っても気温は上がらず、天候もぐずついている日が多いようです。ここ数年、「梅雨がないのが北海道だ、6月はからっとしていて気持ちいい」なんて言葉は、言えなくなりました。だんだんと梅雨のような気候になっていくのでしょうか。

 写真を見ていただくと、岩内岳(左)と雷電山(右)の間に少しだけ残雪がありますが、ついこないだまで真っ白な風景も、濃い緑色に変わってしまいましたね。

 いつものことですが、携帯カメラなので遠景に写ります。実際は雨が空気中のほこりを落としてくれた後の、山の風景はとても近くに見えるのです。

 この場所、わかりますか?御崎地区の海岸沿いの道路です。シケの時は、この道路は波が上がってべちゃべちゃになります。この地区の車は、錆びるのが早いと言われています。こんな穏やかな日の風景では想像できないでしょうがね。

 この道も私のランニングコースの一部です。水銀灯の上にゴメ(かもめの一種)が一羽じっと私を見守っています。見てたって、食い物は出ないぜ。

第26回やくもミルクロードレース

 6月12日、日曜日に岩内から約100k南下したところに八雲町があります。そこで、酪農地帯の緑の中を走るやくもミルクロードレースという大会がありました。以前からこの大会があるのは知っていたのですが、千歳JALマラソンと小樽運河ロードレースの狭間のレースのため、出場を躊躇していました。

 今年、思い切って妻を誘って出ることに。私はハーフ、妻は10kです。妻は見えないようにちょっと走ったりしているようですが、ランニングはちっともダイエット効果がないとぼやきます。1時間以上走らないと、脂肪は燃えないよとさとし、初めて10kに挑戦しました。なんと、部門別で4位入賞。とはいえ、4人中ですから、別の言い方をすると、ビリです。でも、走っただけえらい!

 晴天に恵まれました。気温もあまり暑くなく、ほどほどの条件で、走りやすかったです。2K、5K、10K、ハーフの4部門があり、全部で345人の参加。ハーフの部は158人で、私の40歳代の部は34人。アップダウンがそれなりにあり、景色は普段私が練習で走っているような緑がきれいです。しかし、たまに見かける牛さんが「もぅ~!」と唸ると、ぷぅ~んと田舎の臭いも漂います。都会の人は、これで呼吸困難になるがよい。田舎ランナーの私は、これで絶好調!なんてね。

 レース展開は、いつものように、前半はいまいちのペース。折り返しのランナーのナンバーを見て、同じカテゴリーの人の抜けると思う人数を確認し、後半は、ターゲットの人たちを一人ずつかわしていく展開でした。結果は1時間28分51秒の40代男子の部で6位でした。賞状をもらってしまいました。入賞すると、ジンギスカンのたれ1本が副賞です。夫婦で賞状とジンギスカンのたれをもらってご満悦。

 レースが終わった後、抽選会があります。3人に一人は当たる確率。ハーフの最終ランナーがゴールするまで抽選会は始まりません。もしも札幌だったら、さっさとやってよねと思うのですが、なぜかこの八雲の自然の中では、時間を気にせず、のんびり待つことができました。司会者は、できるだけさっさと進めようとテンポよくこなしていきます。私たち夫婦はなかなか当たらず、最後の目玉商品のホタテ10本になってあきらめかけていたら、私が当たり!!目録をいただきました。12月に送ってくるそうです。

 都会のロードを走らせてもらうのもいいけれど、たまにはこんな田舎道をレースで走るのもいいと思います。応援は少ないけれど、牛や鳥が声をかけてくれます。ランナーより農作業のトラックが優先。計測はランナーチップはなくて、目測。抽選会では、地元の子供たちが前に整列して、わくわくしながら当たるのを待っている。景品は地元企業のローカル商品。どれをとっても、ほのぼのとしていい大会だと思いました。大会関係者のみなさん、いい大会をありがとう。 

第27回北海道産品取引商談会

 昨年に引き続き、6月14日と15日、ロイトン札幌で展示会に出てまいりました。第27回北海道産品取引商談会です。大ホールとエントランスに約250社がブースを構え、たくさんの流通関係者を前に、自社製品のアピールに汗を流しながらの説明です。

 このような展示会も回数を重ねると、いろいろと要領もわかってきます。商品や展示用グッズの搬入、搬出の時も手際よくできるよう荷物のまとめ方等も少しずつ上手になってきます。

 というのは、実は回りの出展経験豊富な先輩企業の人たちから、いろんなテクニックを教えてもらったり、盗んだりしていってのことです。要するに、経験が一番ということでしょう。

 お客様とお話をしていると、今やっていることで何が問題があるのか、もっと自信をもっていいことが何なのかなど、いろいろとわかってきます。そして、何よりいろんな人との出会いがあることがいいですね。

 新しいお客様とお話ができた事、ブースのご近所の異業種の方たちとの苦労話など、聞いていて無駄になることはありません。機会を与えてくださった、関係者の皆さま、ありがとうございました。名刺交換させていただいた、皆さま、ありがとうございました。

 そして、一八興業水産株式会社を今後ともよろしくお願いいたします。

 

セット販売を始めます

 お中元シーズンが迫ってきましたが、弊社では今までありそうでなかったセット販売を始めます。詳しくは一八のホームページへ。

 種類は3つ。3,000円2種類と5,000円の1種類だけですが、いろいろなものが入っているので、もらった方は充分楽しむことができると思います。

 1年にひとつづつくらいの割合で、いろんな商品が増えていきました。一昔前は、釣たらこと塩数の子くらいしかなかったのですが、世の中は少量多品種を求める時代ですので、そのニーズに遅ればせながら対応させていただきます。

 何事も最初から完璧なものはできません。できる限りお客様が喜ぶ物を作りたいと思いますので、ご利用されてこうした方がいいよとお気づきの点などありましたら、お知らせください。

 ユニークなネーミングが多い弊社の商品。もしかしたら、あなたのその一言が、次の商品名に・・・なんてこともありえますよ。

オストトーヨー住器のご紹介

 岩内出身の人は、岩内を出てからいろんな場所、いろんな職業で活躍される方が多いです。今日はそんな中、石狩で住宅設備の会社を経営していらっしゃる、オストトーヨー住器の会長のお話を。

 小林会長はたまたま私のブログを見つけてくださり、岩内町のことを懐かしく読んでくださいました。もちろん、私は面識がありませんでしたが、ある日、私をたずねてくださいました。

 ご自身の人間性をはぐくんだのは、この岩内の自然と土地柄がそうさせたのだと。幼少期、厳しい自然の中で、ペソをかきながら新聞配達をしたことなど、そんな中で育ったからこそ、今の自分があるのだと熱く語られていました。

 現在、石狩で会社を順調に経営されていますが、岩内への思いは人一倍強い方だと感じました。生まれ育った岩内にどんな形でもいいので、恩返しをできる場が欲しいと。東京には、「岩内会」というものが存在しているようですが、札幌にはないのだろうか?と。

 そんな故郷を思ってくださる人がまだまだ沢山いらっしゃることでしょう。嬉しいですね。私ができることは、岩内の情報を発信し続けて、そんな方たちの思いをもっともっと膨らませることができればと思います。

 

にしん味噌バターご飯

 今回は「にしんのおかげ」を使った、私のおすすめをご紹介します。その名は「にしんのおかげの味噌バターごはん」。どってことない、バターとにしんのおかげをあつあつごはんの上にのせて食べるだけです。

 本州の方にはなじみがないかもしれませんが、北海道では、あつあつご飯にバターをのせて食べるという習慣があります。もしかしたら、我が家だけかもしれませんが。

 我が家の子供たちは、子供の頃、バターの上にちょっとお醤油をたらしてご飯に混ぜて食べていました。その要領です。お茶碗の真ん中にちょっと穴をあけ、そこにバター少々とにしんのおかげを少しのせます。ご飯の熱でその二つが融合し、いい匂い~。

 にしんのおかげは乳製品にとっても合います。その代表格ですね。一度やっていただくと、癖になる味です。ぜひお試しを。

HTBイチオシ!プラスで放送されました

 6月11日、HTBテレビ(北海道テレビ)、土曜日9時50分からの番組、イチオシ!プラスの中の「食のチカラ」むというコーナーで、弊社の「ニシンのおかげ」が紹介されました。

 『賢い食や北海道産素材を通して健康を考え、食の仕事に取り組む皆さんを応援します。』というコーナーの趣旨です。ニシンのおかげが道産原料を使い、食品加工研究センターの基礎技術を応用し、さらに岩内の地域資源である海洋深層水を使っているのですから、紹介しやすい商品だったようですね。

 5分程度の放送内容ですが、取材はディレクターとカメラマン2名が、ほぼ一日をかけました。カメラマンの方は、フリーの岩内出身の方でした。北極にも行ったことがあるとのこと。岩内出身の方はいろんなところで活躍して、すごいですね。

 料理は我が家の奥様が手軽に作ったサラダ、焼きおにぎり、ラーメン屋の友人に作ってもらった鳥の手羽揚げなどを用意しておきました。いずれも食べるのではなく、画像として紹介するだけです。

 料理の準備、工場での撮影、昼食最中も撮影と、一日まるまるつぶれる訳ですが、美味しそうに写っていたので、いい宣伝になったのではと思います。番組ダイジェストはHTBのホームページにあります。

旧岩内協会病院

 現在の岩内町にあるスーパーのラッキーの場所は、昔は岩内協会病院が建っていました。現在の協会病院は、この坂を登りきった、高台小学校跡地にあります。

 岩内史年譜によると、昭和41年(1966年)11月落成。総工費2億1千万。鉄筋コンクリート4階建。これをご覧になっている方は、この協会病院にお世話になった事があるか、お見舞いで入った事があるなど、いろんな思い出があるのではないかと思います。

 夕方5時過ぎになると、この協会病院からたくさんの若い女性が、高校の制服を着て出てきました。今で言う看護助手の人たちだと思うのですが、彼女たちが岩内高校の定時制に通うために白衣から「変身」して出てきたと思います。 ペッチャンコの学生カバンと足首まであるスカート。俗にいうツッパリスタイルですね。

 今ある新しい岩内協会病院はとても立派です。でも、他の地方自治体の悩みと一緒で、さまざまな問題を抱えています。難しい話は違うところで。ラッキーでお買い物をされる方は、この写真を思い出して、時代の流れを感じてみてください。

2011千歳JAL国際マラソン報告

 6月5日、千歳JAL国際マラソンがありました。私はフルの部に参加。ハーフの部は人気が高く、年々参加者が増えているようですね。天候は、予想外に晴天となりました。でも、暑いというほどでもなく、コースも林道の中を走るために、気持ちよく走ることができました。

 2週間前の洞爺湖マラソンは、がけ崩れで20kmになってしまったので、フルを走るのは昨年8月の北海道マラソン以来です。ハーフのスタートを見送り、そのまま並んだので、比較的好位置でのスタート。雨の時は青葉公園と林道はぐちゃぐちゃになるのですが、ほんのり湿った足にやさしいコースでした。

 折り返しまでは、じわじわとした登り。目標を3時間19分に定め、キロ4分37秒で行こうと決めていました。前半で2分の貯金。これで後半持ちこたえられるかと心配になるのですが、たまには冒険しなくっちゃと体が動くままに走ります。

 35km付近からコースはアスファルトになり、ここからがフルマラソンの本当の勝負となります。毎年、ここから一気にペースを上げるのですが、今回はそれまでにエネルギーを使ってしまっていたので、上げることができず。少しずつ多くなる沿道の応援を予備エネルギーに替えて走ります。

 あと2kmでは、今回の最高の応援グッズ「折れない心」の看板。掲げてくれた男性、ありがとうございます。これを読んだ時、本当に体は燃えました。足を前に出せば、いつかはゴール。最後のコーナーで「いっぱち~!」の大きな声援、Mさん、Yさんありがとう。恥ずかしいから、逃げるようにゴールに入れました。

 結果は3時間13分34秒の自己ベスト更新。 本当は、8月の北海道マラソンで自己新を出したかったのですが、結果オーライとしましょう。コンディションをあと2カ月後にもっと上に持って行くのは大変ですが、オヤジランナーの挑戦は続きます。

 写真は参加賞のタオルと完走賞のTシャツです。今年のデザインは妻と娘は飛行機でハワイに。お父さんと息子は走りながら見送り。いつも走って家族サービスをしない旦那のご機嫌取りグッズですね、これは。

 

岩内岳と水田

 この写真を見て、どこかはわかりますか?携帯のカメラは広角レンズなので、山が遠景に写りますが、実際はそれなりに迫ってそびえています。

 岩内岳と田植えが終わったばかりの水田です。水田に写る岩内岳が鏡のようになっていますね。風があると、水面は波打つので、鏡の状態になりませんが、夕方のなぎの状態でしたので、このように写りました。

 場所は円山から第一中学校の上に抜ける農道です。私のランニングコースです。遅れていた田植えも終わり、カエルが待ちわびたように、ゲロゲロと鳴いています。

 つい先日までは、岩内岳の残雪も半分以上を占めていましたが、今は上部の影の部分だけになっています。こうしてまた季節が変わっていきますね。人間は、この季節を感じながら年を取る訳です。生まれてから何度この風景を見たかな?