久しぶりに弊社の「昔懐かしシリーズ」。今日は銀行の古い封筒が出てきました。岩内信用金庫とたくぎんさんのものです。
二つの銀行も今は名前がなくなってしまいましたね。岩内信用金庫は、北海信金と1997年10月に合併。北海道拓殖銀行(たくぎん)は、1998年11月に北洋銀行に事業譲渡。それらから、15年も過ぎてしまったのかという感じです。
北海道で生まれ育った者として、まさか拓銀さんがなくなるなんて、とだれしもが思っていましたね。岩内信用金庫も高卒で入った人は、まさか町外に転勤になる会社になるなんてと思ったことでしょう。
あらあら、封筒のお話はどこに?子供のころはたくぎんさんのプラスチックの貯金箱などが記憶にあります。この封筒のように、私たちの世代では違和感なく見ますが、私たちの子供世代にとっては、何これ?と思ってしまうのでしょうね。
本当に、札幌大通りの「タクギンさん」本店跡地に、北洋銀行さんが巨大ビルを建てるなんて昔は想像だに出来ませんでしたよ。
私が若いときには、道内ではタクギンさんが良くも悪くも幅を利かせていて、かっての道銀さんや北洋相互銀行さんは表面上的に一段低い評価でしたね。
経営者の大失策で苦労を強いられた罪のない従業員達(私の友達も多くいました)が気の毒でした。
岩内信用金庫、子供の頃の小遣いは月200円で貯金とは無縁でしたからお世話になれませんでした。
八王子の山崎さん、おっしゃる通り、拓銀本店が北洋銀行になるなんて、誰もが想像できなかったですよね。
破たんした時は、若い銀行員さんもさすがに弊社で愚痴をこぼしていましたよ。
当時、バブル崩壊、価格破壊など企業にとっては、何が起きても不思議ではない状態でした。
会話の中で、「拓銀が潰れる時代だよ、いつどうなるかなんてわかりゃしない・・・」
なんて言葉がよく出ていたものです。
最近、子供の頃の記憶が妙に鮮明に思い出す事が
多くなりました。
昔は(今も少しは・・・)商店街の街頭放送が
盛んに流されてましたよね!?
『信用金庫の歌』が今でも歌えるくらい覚えてます。
♪~信用金庫の信ちゃんは~♪
と、メロディを伝えられないのが残念ですが
岩内信金があった中央通り界隈でよく流れてました。
人口25000人。港にも漁船があふれ活気があった岩内。
私が町を出たのが昭和59年春。
その後、岩内線が廃止になり原発稼動し漁業の衰退、
そして拓銀の破綻。
岩内に限らず、一年先が読めない世の中になりましたね。
島野っ子さん、子供のころの記憶を思い返すのをこのブログがお手伝いできるといいですね。
信金の歌なんてあったのですか?
昔、街頭放送が確かにありましたけど、そういえば今は聞こえませんよね。
今度、弊社にお買いものに来て、その歌を歌っていただけますか?
そうしたら、何かサービスさせていただきますよ。
私は岩内を昭和55年に出て、平成3年に戻って来ました。
こんにちは
ブログ拝見いたしました。
兵庫県三田市に住むフートンと申します。
金融機関の歴史を封筒でたどるウェブサイトを運営しております、『銀行封筒収集家』です。
岩内信金、拓銀、ぜひお譲りいただきたく、何卒よろしくお願い申し上げます。
私のウェブサイトではJF岩内郡なども展示させていただいております。
ぜひ、お立ち寄りください。
フートンさん、はじめまして。
このような封筒を収集している方がいらっしゃるとは。
WEBも見させていただきましたが、趣味の領域を超えていますね。
さて封筒ですが、まさかこのようなものを集めている方がいるとは知らず、写真を撮った後は捨ててしまいました。ごめんなさい。
ただ、弊社にはまだ現社長の未整理の書類(本人は整理しているつもり)などがあります。
少しずつ私が整理していて、その時出てきたのが、このブログの封筒でした。
もしも封筒が出てきましたら、ご連絡いたしますので、ご了承ください。
早速のご連絡有り難うございます。
なくなった金融機関だけでなく、現存のデザイン違いも、大好物です。
ぜひ、よろしくお願いいたします。
はい、分かりました。
出てきましたら、御連絡いたします。